一人社長の社会保険セットアップ|役員報酬ゼロは"入らない"が正解か、落とし穴か
法人を作った瞬間、社会保険(健康保険・厚生年金)は「入る・入らない」を選べなくなります。従業員がゼロでも、社長ひとりでも、役員報酬が出ていれば強制加入です。しかも手続きには「事実発生(強制適用に該当した日)から5日以内」という短い期限があります。
ただし、ひとつだけ"入らない"ケースがあります。役員報酬がゼロのときです。では「報酬をゼロにして社会保険料を浮かせる」のが得策かというと、そこには落とし穴があります。この記事では、まず「自分は入るのか・入らないのか」の判断から、手続きと期限、そして役員報酬と保険料の関係まで、設立直後の一人社長がやる社会保険のセットアップを手順で整理します。
【重要】 本記事は2026年7月時点の法令・日本年金機構等の公開情報に基づき、一般的な手続きの流れを整理したものです。届出の様式・添付書類・保険料率は変更されることがあり、個別の判断は事情で変わります。手続きの前に、年金事務所や社会保険労務士にご確認ください。
まず結論:あなたは入る? 入らない?
細かい手続きの前に、自分がどちらかを確かめましょう。判断はほぼ1点、「自分に役員報酬を払うか」です。
| 自分(社長)に役員報酬を払う? | 社会保険は |
|---|---|
| YES(1円でも) | 加入する(→手続きへ) |
| NO(ゼロ) | 保険料の土台が計算できず被保険者にならない(会社は適用事業所のまま/本当に得か?は次のセクション) |
「従業員がいないから入らなくていい」は誤解です。法人の社会保険は、従業員の有無ではなく、報酬を受ける役員がいるかどうかで決まります。社長ひとりの会社でも、自分に役員報酬を払っていれば加入対象です。
正確に言うと、法人である以上「社会保険の適用事業所」であること自体は変わりません。ただし役員報酬がゼロだと、保険料を計算する土台(標準報酬月額)が算定できず、被保険者として成立しない、という建て付けです。同じ理由で、報酬を受けていない非常勤役員は加入の対象になりません。
【落とし穴】「役員報酬ゼロ=加入しない」は得か?
「じゃあ報酬をゼロにすれば社会保険料がかからないのでは」と考えたくなります。たしかに保険料は発生しませんが、次の点を天秤にかけてください。
- 健康保険がなくなるので、国民健康保険に自分で加入します(保険料は前年所得で決まり、必ずしも安くありません)。
- 厚生年金に入らないので、将来受け取る年金は増えません(国民年金のみになります)。厚生年金は保険料の半分を会社が負担し、その分だけ将来の年金額が積み上がる仕組みです。
- そもそも役員報酬ゼロでは、社長個人の生活費を会社から受け取れません。
設立直後で利益がまだ出ず、当面は報酬を取らない、という選択はあり得ます。ただし「社会保険料の節約」だけを目的に報酬ゼロにすると、健康保険や年金の面で不利になることがあります。報酬をいくらにするかは、社会保険料・手取り・法人税をあわせて考える判断です(後述のツールで試算できます)。
手続きと期限
加入対象なら、設立後すぐに手続きします。主に次の3つを、年金事務所(日本年金機構)へ提出します。
| 書類 | 対象 | 期限 | 提出先 |
|---|---|---|---|
| 健康保険・厚生年金保険 新規適用届 | 会社として加入 | 事実発生から5日以内 | 年金事務所 |
| 被保険者資格取得届 | 社長・役員・従業員ごと | 資格取得日から5日以内 | 年金事務所 |
| 被扶養者(異動)届 | 扶養家族がいる場合 | 資格取得日から5日以内 | 年金事務所 |
新規適用届の「事実発生から5日以内」は、設立日とほぼ同じになることが多いですが、正確な起算日は「設立日」ではなく「強制適用に該当した日」です。添付書類は、法人(商業)登記簿謄本の原本(発行から90日以内・コピー不可)と、法人番号指定通知書のコピーなどです。期限が短いので、登記が終わったら早めに動きます。
「後回しでいいか」と未加入のまま放置するのは避けたほうが安全です。あとで年金事務所の調査などで未加入が判明すると、さかのぼって加入手続きをし、保険料を最大2年分まとめて請求されることがあります(保険料の時効が2年のため)。延滞金がつく場合もあります。まとめて2年分の負担は重いので、対象なら期限内に届け出るのが結局いちばん軽く済みます。
保険料は役員報酬で決まる
社会保険料は、役員報酬(正確には「標準報酬月額」)をもとに決まります。報酬が高いほど保険料も上がり、保険料は会社と個人で折半します(ただし一人社長は会社負担分も実質は自分が出すため、負担感としては全額に近くなります)。
目安として、役員報酬を月30万円に設定すると、健康保険と厚生年金をあわせた保険料は労使合計でおおむね月8〜9万円ほどになります(協会けんぽの場合。料率は都道府県・年度で変わります)。このうち半分が会社負担、半分が本人負担ですが、一人社長は会社負担分も実質は自分が出す形です。
だからこそ、役員報酬をいくらに設定するかは、設立直後の最重要の意思決定です。報酬を上げると手取りや将来の年金は増えるものの社会保険料も上がり、逆に下げると保険料は減る一方で手取りや年金が減り、会社に残る利益(法人税の対象)が増えます。このバランスは数字で見ないと判断できません。
Toolbox Portal の 給与・社会保険料シミュレーター で、役員報酬をいくらにすると社会保険料がどう動くかを試算できます。報酬額を何パターンか入れて、手取りと保険料の変化を見てから決めるのがおすすめです。役員報酬そのものの決め方は役員報酬の決め方も参考にしてください。
労働保険(労災・雇用保険)は別の話
社会保険(健康保険・厚生年金)とは別に、「労働保険」(労災保険・雇用保険)があります。これは従業員を雇ったときに必要になるもので、労働基準監督署とハローワークで手続きします。
ポイントは、役員は原則として労働者ではないため、一人社長は労災保険・雇用保険に入れないことです。失業しても雇用保険の給付はなく、仕事中のケガも原則は労災の対象外になります。
「労災には特別加入があると聞いた」という人もいるかもしれません。たしかに社長でも労災に入れる「中小事業主等の特別加入」という制度はありますが、これには従業員を雇って労働保険関係が成立していること、かつ労働保険事務組合に事務を委託していることという要件があります。つまり、従業員がひとりもいない設立直後の一人社長は、原則としてこの特別加入は使えません。従業員を雇って労働保険に入る段階になって、はじめて社長の特別加入も検討できるようになります(→ 初めて従業員を雇うときの手続き)。
国民健康保険・国民年金からの切り替え
法人を設立して社会保険に加入すると、それまで個人で入っていた国民健康保険・国民年金からは切り替えになります。会社の社会保険と国保・国民年金の二重加入にならないよう、国民健康保険の脱退手続きなどが必要です。切り替えのタイミングは、会社の社会保険の資格取得日に合わせます。
よくある質問(FAQ)
Q. 社長ひとりの会社でも、社会保険に入らないといけませんか?
原則入ります。法人は社会保険(健康保険・厚生年金)が強制加入で、従業員がいなくても、役員が社長ひとりでも、役員報酬が出ていれば加入対象です。法人の社会保険は従業員の有無ではなく、報酬を受ける役員がいるかどうかで決まります。手続きは新規適用届などを、事実発生(強制適用に該当した日)から5日以内に年金事務所へ提出します。
Q. 役員報酬をゼロにすれば社会保険に入らなくて済みますか?
役員報酬がゼロだと、保険料を計算する土台(標準報酬月額)が算定できず、被保険者になりません(会社は社会保険の適用事業所のままです)。ただし「報酬ゼロで社会保険料を浮かせる」のは必ずしも得ではありません。健康保険は国民健康保険に自分で加入することになり、厚生年金に入らないぶん将来受け取る年金も増えません。設立直後で利益が出ず当面報酬を取らない選択はあり得ますが、保険料の節約だけを目的にゼロにするのは慎重に判断してください。
Q. 社会保険の手続きと期限を教えてください。
主に3つを年金事務所へ提出します。①健康保険・厚生年金保険 新規適用届(事実発生から5日以内)、②被保険者資格取得届(資格取得日から5日以内・加入者ごと)、③被扶養者〔異動〕届(扶養家族がいる場合)。添付書類は法人(商業)登記簿謄本の原本(発行から90日以内・コピー不可)と法人番号指定通知書のコピーなどです。期限が短いので、登記が終わったら早めに動きます。
Q. 社会保険に入らず放置するとどうなりますか?
あとで年金事務所の調査などで未加入が判明すると、さかのぼって加入手続きをし、保険料を最大2年分(保険料の時効が2年)まとめて請求されることがあります。延滞金がつく場合もあります。まとめて2年分の負担は重いので、加入対象なら期限内に届け出るのが結局いちばん軽く済みます。
Q. 一人社長は労災保険や雇用保険に入れますか?
役員は原則として労働者ではないため、一人社長は労災保険・雇用保険に入れません。失業しても雇用保険の給付はなく、仕事中のケガも原則は労災の対象外です。労災には「中小事業主等の特別加入」という制度がありますが、これは従業員を雇って労働保険関係が成立し、労働保険事務組合に事務を委託していることが要件で、従業員ゼロの一人社長は原則使えません。従業員を雇う段階で、労働保険の手続きとあわせて検討します。
まとめ:まず「入る・入らない」を判断し、5日以内に動く
法人の社会保険は、従業員の有無ではなく「役員報酬が出ているか」で決まります。社長ひとりでも報酬があれば強制加入で、手続きは事実発生から5日以内。報酬ゼロなら加入対象外ですが、健康保険・年金の面で不利になることもあり、「保険料の節約」だけで判断するのは危険です。
まずは自分が加入対象かを確かめ、対象なら新規適用届を期限内に。そして役員報酬は、社会保険料・手取り・法人税のバランスをシミュレーターで見ながら決めてください。従業員を雇う段階になったら、労働保険の手続きが別途必要になります(→ 設立後にやることチェックリスト)。
